「ワット」というのはタイ語で「寺院」を意味し、ワット・ポーでポー寺院(より詳しくは菩提の寺院)という意味になるかと思います。日本でもそうですが昔から寺院というのは学問の中心地でもあり、ワット・ポーでも様々な学術と共に医療の一つとしてマッサージが発達しました。
私が学んだのはいわゆる日本で普通にタイ式マッサージと呼ばれている基礎コースと、その上級コースにあたる種々の痛み等の治療のための手技でした。タイ伝統マッサージにはさりげなく膝関節、股関節等の矯正までもが織り込まれていて一見したところ単なるストレッチにしか見えない技術もあり、非常に巧妙にすべてが組み立てられていました。
接骨院に勤務するものとして特に目をひいたのは、外側のくるぶしの骨(腓骨と呼ばれるものです)の上方(頭の方向)へ向けての調整でした。これも一見すると見逃してしまいそうになるぐらいさりげなく行われているのですが、この操作は足首の捻挫の最後の施術には欠かせない調整だと私は思っています。
足首の捻挫は足を内側にひねってしまうケースが多いのですが、そのために靱帯を通じて腓骨が下方(足の方向)にわずかにズレます。その腓骨の膝側には大腿二頭筋と呼ばれる重要な筋肉がつながっています。その筋肉を通じて捻挫した側の骨盤がさらに引っ張られ、それが骨盤全体のバランスを崩し、脊柱等の歪みを起こし腰、胸、肩、首、そして頭の骨までズレてきます。
そこまで複雑に考えなくても、外くるぶしが通常より下にズレていると足を内側にひねってしまいやすくなることは容易に想像できると思います。いわゆる捻挫がクセになるという状況の一つです。足にある小さな骨のズレを調整することも必要ですが、再発予防にはまず腓骨の調整が最重要だと思っています。
この腓骨という骨は足の関節を作っている骨の一つですが、この関節(足関節)をきちんと治しておかないと捻挫を繰り返したり、骨盤まで影響するとギックリ腰を繰り返したりするようになります。例えばギックリ腰の場合、一度治してもこれまでのズレた状態で周りの筋肉等が落ち着いてしまっているため再度ズレやすくなっています。それで何回か施術をする必要があるのですが、足首、腰がともに少しずつ正しい状態で落ち着きはじめるとギックリ腰はほとんど再発しなくなります。年に何回もご来院する必要のあった患者さんが「ちょっと腰危ないかなあ」という感じで実費での施術を1,2回受けられるぐらいまでに良くなってくると施術者としてはとてもやりがいを感じます。ただ経営的には頭を抱えてしまいますが(苦笑)。
話をタイ伝統マッサージに戻すと、タイ滞在時に時間を見つけてタイ伝統マッサージの本を買い集めました。その中に過去のワット・ポーで行われていたマッサージを記していたものがありました。私が学んだ内容とは若干異なりいわゆるタイ的なストレッチが豊富でまた押圧する箇所がはるかに多くなっていました。たぶん商業化の過程で危険なストレッチをなくし、また施術時間の関係で押圧箇所を少なくしたものだと思います。
ただどちらの内容でも日本人にとって非常に訴えの多い肩や首の部分のマッサージが明らかに少ないと感じました。もっともタイ人の肩や首がとても軟らかでマッサージの必要がないというわけではないと思います。教えていただいた先生にお聞きしたり、練習時に数人のタイ人の肩・首を拝見してもある意味日本人以上に硬くなっていました。とても不思議であると思っていたのですが、帰国のための飛行機のスケジュールの関係で、半日の空白ができ、その時間を利用してマハーチャイと呼ばれるバンコクの郊外まで小一時間ばかりの列車の旅をしました。その時、私なりに納得する理由を見つけることができました。それをごく簡単に記すと・・・。
今でこそ「マハーチャイ」と言う地名でネットを検索すると旅行記がいくらでも出てきますが、その当時はそのようなものはほとんどなく、実際私がマハーチャイおよびターチン川の対岸のバーンレームへ訪れたときは外国人旅行者等であふれているバンコクとは異なる風景が広がっていました。マハーチャイ側のターチン川に沿ってある市場には小柄なある程度の年齢以上のタイの人々があふれていて、身長の低い私が10センチ以上背が高くなったかと錯覚するぐらいの状態でした(苦笑)。たぶん背丈の高い年代の若者はバンコクへ出て行ってしまっているのではと思ったりしました。そこで思ったのは姿勢および歩き方が日本人とはかなり違うと言うことでした。
軽く前傾姿勢をとり、膝を若干外に向け脚を滑らすように上下動を少なめに歩く人々。その光景は非常に暑い気候とは対照的に静かな印象を受けました。もちろんおばちゃん達の中にはチョコチョコと上下に体を揺すりながら歩く人もいらっしゃいますが、全般的に脚にかなりの負担をかける歩き方でした。たぶんしっかりと固定されている上半身より、動かしかつ緊張してる脚の痛み、疲れが気になると思います。そんな人々のためのマッサージがタイ伝統マッサージじゃないかとその時思いました。バンコクにいる若者は生活習慣もどんどん変わってきてるだろうしパソコンも使うだろうしこれからはタイのマッサージも時代に合わせて変わってくると思います。
ひるがえって日本の医療ですが、いわゆる整形外科は基本的には西洋の人々のための医学から出発しています。かつて彼らと日本人は食生活も違えば生活習慣も大きく違っていました。一日中靴を履いていて、椅子に座る生活。最近の整形外科はどのような文化・背景の人にとっても共通な体の状態に対する治療と言うことになってきていますが、少なくとも日本人に焦点を絞った医学ではありません。そこにはやはり溝があると思います。また人種の坩堝と言われるアメリカでは民間療法が盛んだと聞きます。これは単に健康保険制度の違いによるものだけではないと思います。
スポーツ医学といえばアメリカが中心になっていますが、例えば日本のアスリートにとってはやはり「微調整」が必要だと思います。そのまま適用すると、その医学に適した体質のアスリートだけが大きく恩恵を受け、日本人であるということの利点をあまり生かせないと思います。私自身は学生時代陸上部に属し箱根駅伝出場を夢見て予選会ゴールの大井税関前で先輩のサポート(苦笑)などをしていたこともあって特にマラソンの小出義雄監督を尊敬しているのですが、その監督がひじきや納豆について触れていらっしゃるのを読むと嬉しくなってきます。小出監督は別のところでひじきを粉末にするということもおっしゃっていたようですが。
http://www.koidekantoku.com/bk_manu/06.html
接骨院というのはかつては健康保険制度の下、多くの日本人の健康のサポートを行ってきました。人間の体を扱う技術ですから保険制度という人為的な枠とは無関係に日本の医療として発展してきたと思います。また、これまでは西洋医学の想定する体の状態と、実際の日本人の体の状態との微妙な差について行政側は国民の健康増進を第一に考え保険制度を弾力的に運用してきたような気がします。しかし残念ながら次第に西洋医学の枠における厳密な運用方向に向かっているとしか考えられない状況になってきました。接骨院としては様々な点で困難な時代ですが、そこに勤務するものとして国民の健康の向上および公共の福祉の増進に微力ながら寄与できればと思っています。
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